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鵺の呼び声

そそわにアップしたぬえ霖。
相性いいと思うよ。だって謎だもの。

いつかは立派な妄想吐き出しチャンピオンに。


霖之助 ぬえ






「……ん?」


 霖之助は読み終わった本を閉じ……首を傾げた。

 途中から疑問に思っていたが、この本は昔読んだことがある。
 なのにさっき……本を選ぶとき、確かに霖之助は見たことのない本だと思って手に取ったはずだった。


「……これも……これも、か?」


 一緒に持ってきた数冊の本も、読んだことがあるようでもあるし……見覚えがない気もする。
 今の霖之助には、それらを判別することが出来なくなっていた。

 まるで……それらの正体がわからなくなってしまったかのように。

 どこかから気味の悪い鳴き声が聞こえてきた。
 獣とも鳥とも赤ん坊とも取れるような、不気味な声。


「こんなこと、普通ではあり得ない……か」


 ふむ、と霖之助は考えを巡らせた。
 十中八九、妖怪の仕業だろう。

 しかし、この能力は――。


「素晴らしいな」
「……あら、何が素晴らしいの?」
「ああ。いつの間にか僕は読んだことのある本ですら未読の状態になっている。
 これは、素晴らしい本をもう一度先入観なしで楽しめる――すなわち、新しい発見があることを意味してるんだよ」
「……あなた、そんな正体不明の状態になって怖くないの?」
「いや、正体はだいたいわかっているよ」
「ふうん、なにかしら」


 少女の言葉に、霖之助は自信たっぷりに頷いた。


「おそらく……本読み妖怪の一種だね。
 それも、きっと記憶を操るたぐいの。
 僕が本好きだということを見抜いてプレゼントしてくれたに違いない」
「全! 然! 違うわよ!」


 そこでようやく、霖之助は少女に向き直る。
 彼女はいつの間にか窓に腰掛けていた。

 黒のミニスカートワンピースにオーバーニーソックス、赤いリボン。
 そしてその背中には、刃物のような赤と青の羽根、蛇のような装飾品をつけていた。
 何ともよくわからない姿。


「ところで君は誰だい?」
「今更それを聞くわけ……?」


 大きなため息。
 艶のある黒のショートカットが、困ったように揺れる。


「本当は出てくるつもり無かったんだけどね、あなたが見当違いのことばかり言うから。
 あの巫女たちもそうだけど、なんで怖がってくれないのかしら」
「むぅ」


 正体不明なのはいいけど、楽しまれちゃ困るのよね、と彼女は言った。
 トン、と軽い動作で窓から歩み寄ってくる。


「私はぬえよ。封獣ぬえ」
「鵺?」


 彼女の言葉に、霖之助は記憶を呼び起こした。
 妖怪についての伝承は一通り頭に入れてある。
 その中でも特に正体不明とされているのが、鵺だった。


「鵺というとサルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビという……」
「そう言われたこともあるわね」
「全然違うじゃないか」
「全然違うわよ」


 だって誰も姿を見たことがないんだもの、と笑うぬえ。
 笑い声は、普通の少女となんら変わりない。


「人間が勝手に考えてそう言い伝えてるだけよ。
 正体がわからないから、正体不明こそが一番恐ろしいから」
「なるほどね」


 その言葉に頷く霖之助。
 人間は何かしら理由をつけたがるものだ。
 例えそれが、見たことのない妖怪でも。


「僕は森近霖之助。見ての通りこの香霖堂の店主だよ。
 外の世界の道具、妖怪の道具、冥界の道具。欲しいものがあったら探してみるといい。値段は要相談だけどね」
「ふ~ん」


 しげしげと……興味深そうにぬえは霖之助を見つめてきた。
 ひょっとしたら、人間でないことも見抜いているのかもしれない。


「それで?」
「……?」


 可愛らしく首を傾げるぬえに、霖之助はため息を吐いた。
 わかっているのかわかっていないのか。
 それすらも、よくわからない。


「用件はなんだい、と聞いているんだ。ここは道具屋だよ。
 まさかさっきの悪戯だけが目的じゃないだろう。
 そもそも君はお客なのかい?」
「ああ、そういうこと」


 ぽん、と納得したようにぬえは手を合わせた。

 そしてその仕草で、だいたいの予想はつく。
 そもそも客なら、まず商品について尋ねるのが普通ではないか。


「何も買うつもりないけど」
「だろうと思った。出口はあっちだよ」
「まあまあ、待ってよ」


 悪びれることなく、彼女は微笑む。
 背中の羽根がうにうにと揺れていた。
 尖っているので、商品を壊さないか少し心配だったが。


「今日は挨拶に来ただけよ。最初だからね」
「君の挨拶というのは、能力を使って悪戯することなのかい?」


 彼女の能力がどんなものかはよくわからなかったが、大した問題ではない。
 むしろぜひもう一度やってもらいたいものだ。
 ……その時には、お気に入りの本をチョイスしておくことにしよう。


「だってこの店、なんだか居心地がよくて。これからちょくちょく来ようかなと思うの」
「ほう、外の道具に興味があるのかい? それなら……」
「ん、あんまりないけど」


 あっさりと彼女は首を振った。
 肩を落とす霖之助をみて、楽しそうに笑う。


「この店、よく正体不明なものばかりだからね。居心地がいいのよ。
 よくわからない商品、よくわからない値段、よくわからない店主……」
「ちょっと待ってくれ」


 思わず霖之助は声を上げた。
 よくわからないもの呼ばわりされて黙っているわけにはいかない。


「君の言う正体不明な商品はこの店にはないよ」
「そうなの? というか、値段と店主はよくわからないままでいいのね……」
「僕の能力は道具の名前と用途がわかる程度のものだからね。
 つまり、名前と用途がわかっているものは正体不明とは言わないのだよ」
「へぇ~」


 その言葉に、初めてぬえは驚きの表情を浮かべた。
 そして近くにあった携帯プレイヤーを手に取り、霖之助に差し出す。


「じゃあこれ、どうやって使うの?」
「……まあ、使い方はわからないんだが……」


 再びぬえの驚きの表情。

 ……同じ驚きでも、先ほどとは内容が180度違っていた。
 彼女の視線が、はっきりとそれを物語っている。


「なによそれ、結局よくわからないんじゃん」
「……そうとも言うね」


 そう言って苦笑する霖之助に、ぬえは笑顔を浮かべた。


「やっぱり気に入ったよ。
 これからよろしくね、霖之助」
「こちらこそ。お客としてなら大歓迎だよ」









 こうして、香霖堂に常連が増えた。

 だが常連には2種類ある。
 客か、それ以外か。


「どうやったら驚いてくれるのかなぁ~」
「やっぱり正体不明さを前面に押し出してみるべきよね」
「しょうたいふめい?」
「そう。そんな見たまま傘のお化けです、ってわかるようじゃダメってことよ。
 それじゃ納得はしても驚いたり怖がったりはしないわ」
「うぅ。心当たりが……」


 そしてぬえは、間違いなく後者だった。
 それどころか、たまに妖怪や悪戯好きな妖精の妙な相談に乗ったりもしているようだ。
 もちろん、客以外の。

 いつの間にか彼女の指定席となった奥の机には、今日もまた迷える妖怪少女が相談にやってきていた。


「例えばよ。
 どこからともなく生暖かい風が吹いてきたり、人魂が漂ってきたり、鳴き声が聞こえてきたり……。
 姿を見せるのはそのあとでいいわ。まずは雰囲気が大事なのよ」
「鳴き声! なるほどー!」


 傘の少女は大きく頷くと、お礼を言いながら元気よく飛び出していった。
 ……商品には見向きもせずに。


「頑張ってねー」
「ここは道具屋なんだがね……」
「あれ? さっきの妖怪、道具の妖怪よ」
「なに?」


 確かに、見たまま傘だったしそれらしいことも言っていたが……。
 入ってくるなりぬえのところに直行したので、半ば意地になって見向きもしなかったのが仇になったようだ。
 もしそうならいろいろ聞いてみたいこともあったのだが。


「…………」


 ふと、ぬえがじっと霖之助を見ていることに気が付いた。
 心なしか、不機嫌そうな瞳で。


「……なんだい?」
「う、ううん。なんでも」


 慌てて首を振るぬえ。
 それから、ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべる。


「なあに? さっきの娘と話せなくて残念だった?」
「ああ、確かにその気持ちはあるね」
「……そう……」
「なんと言っても道具の」
「うらめしやー!」


 霖之助の言葉を遮って、どこからか……遙か遠くから、大きな声が聞こえてきた。
 続いて爆発音。きっと誰かの弾幕だろう。

 すぐに静寂が訪れる。
 ふたりは視線を交わし……どちらからともなく、苦笑を浮かべた。


「……考えたんだが」
「うん」
「彼女は声で脅かせばいい、なんて勘違いをしてしまったんじゃないかな。
 いや。確かに驚くだろうが……」
「怯えることはないわね」


 ふたりしてため息。

 この調子では、また近いうちにやってくるだろう。
 まったく……愉快なことだ。


「う~ん、じゃあまた別の脅かし方考えておかないとねー」


 なんだかんだで、面倒見はいいのかもしれない。

 いつもの席から立ち上がり、大きくのびをするぬえ。
 あまりやり過ぎるとワンピースの裾が上がり、太股が危険な位置まで見えてしまうのだが、本人は気にしていないようだ。

 そして再び座り頬杖をつくと、ぼんやりとした様子で呟いた。


「どうやったら脅かせるのかなあ」
「……それは僕のことかい?」


 ぬえはじっと霖之助を見つめている。
 ……確かに、彼女に脅かされたことはなかったかもしれない。


「僕は正体不明なんて怖くないよ。むしろ好奇心を刺激されるね」
「うん。この前会った巫女たちもそうだった」
「……ああ、そう言えば会ったんだったね」


 会ったどころか……と、ため息を吐くぬえ。
 どうやらいろいろと因縁があるらしい。


「昔もいたんだけどね、そういう命知らずな人間が」
「いた、ね……」
「そう。そういう人間ほど、妖怪の餌食だった。
 妖怪を怖がることは、つまり人間の自衛の手段……だったんだけど」


 怖がらない人間に負けちゃったしなぁ~、とぬえは机に突っ伏した。


「時代は変わったんだねー」
「そうだね」


 時代よりむしろあの娘たちが特殊なんだと思う霖之助だったが、あえて何も言わないでおいた。
 変わったのも事実なのだ。
 現に人間の里でも妖怪をよく見るようになったし、それに……。


「正体不明の妖怪が、こうやって僕の目の前にいることだし」
「えー、正体不明同士いいじゃん」


 別に霖之助は正体不明になったつもりはないのだが、彼女の中ではそれで落ち着いているらしい。
 否定するのも面倒なので、そのままにしていた。


「……まあ、魔法使いが私のこと言いふらすって言ってたから。
 少なくともあと100年くらいは大人しくしておくわ」
「そうか。まあ、好きにするといい」
「うん、好きにする。
 とりあえず楽しそうな奴らを邪魔することにして……」


 もしぬえが鵺だということを知らなければ、霖之助は彼女を鬼の一種だと考えただろう。
 つまり、天邪鬼だと。


 ――ひとりでも、本を読んでりゃ楽しそうなやつがいるぜ。


 そもそもの発端。
 それは、魔理沙が彼女にそう伝えたからだと後から聞いた。

 それを邪魔しにぬえは香霖堂にやってきたのだが……。
 まさか、逆に楽しまれるとは考えていなかったようだ。


「まあ、とにかく」


 霖之助は立ち上がり、ぽん、とぬえの頭に手を置いた。
 そして無造作に撫でる。
 まるで、普通の少女を相手にするかのように。


 毎度毎度撫でてくるので何事かと聞いたところ、髪がちょっと立っているのが気になるのだと彼は言った。

 ……霖之助にだけは言われたくない、とぬえは思う。
 今度仕返しに撫でてやろうかと思っているが……。
 なかなか機会が見つからないまま、撫でられ続けていた。


「100年だろうが200年だろうが、暇になったらここに来るといい。
 いつでも歓迎するよ」
「……それまでに潰れるかもしれないのに?」
「ははは、それは一番低い可能性だね。
 これでも常連は多い方なんだ」
「お客は?」
「…………」


 言葉を詰まらせた霖之助に、ぬえはため息を吐いた。
 その瞳には、微かな羨望。


「いいわね、毎日楽しそうで」
「邪魔したいかい?」
「そうね」
「……まあ、君には無理だな」


 どうして? と首を傾げるぬえに、彼は微笑む。


「君を見てると、退屈しないからね。
 ぬえがいると、毎日楽しいよ」
「え……そ、そう?」


 今度はぬえが言葉を詰まらせた。
 そんな彼女に、満足げな表情で続ける霖之助。


「毎日新鮮な気分で本が読める。実に素晴らしい。
 まったく、ぬえと知り合えてよかったと思うよ」
「……あっそ」


 ぬえは唇を尖らせる。
 そのあとの彼の小さな呟きは、あと少しで聞き逃すところだった。


「それにいくら正体不明といえど、やっぱりひとりは寂しいからね」


 お茶を入れてこよう、と霖之助は台所に向かっていく。

 後に残されたぬえは、その背中をずっと見つめていた。









「寂しい? そんな感情、怖くないわよ」


 ひとり呟く。
 きっと彼には届かないだろう。


「正体がわかってる感情なんて怖くないわ」


 断言する。誰にも聞こえないように。
 その言葉が、否定されないように。


「じゃあ……正体不明の感情は……」


 彼と会うたび、彼に触れるたび、少しずつ大きくなっていく感情があった。
 この気持ちをなんと呼ぶのか。
 わからない。
 だけど。


「……ねえ、霖之助。私ジュースがいい」


 なるほど、確かに彼の言うとおりだ。
 正体不明も怖くないかもしれない。

 むしろ……楽しいのではないだろうか。


 ぬえは新しい発見に戸惑いながらも、この楽しさを味わうため彼の背中を追いかけることにした。


 きっと……あと100年の間には、答えが見つかるだろうと思いながら。

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