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はるのあしおと

そそわにアップしたてゐ霖。

白兎を祭る白兎神社は、一般的な縁結びではなく、特定の人との縁結びの神様とされ、意中の人との結縁にご利益があるとされる。(Wikipediaより)
ほうら、無限の妄想が湧いてくるだろう?


霖之助 てゐ







 例年ならもうそろそろ冬も終わりだというのに、いまだに春の足音が聞こえてくる気配はない。
 それに比べ、厄介事の足音というのは高らかに鳴り響いていた。


「霖之助~! かくまって~!」


 ドアが開くと同時、店内に木霊する叫び声。
 そして次の瞬間にはもう、迷いの竹林の長老兎……てゐは、カウンターの下、即ち霖之助の足下に潜り込んでいた。

 いらっしゃいの声をかける暇もない。
 どのみちこの様子では客ではないことは明らかなので、代わりに出てくるのはため息だ。

 てゐは鈴仙と共に香霖堂へ買い物に来てからというもの、たまに顔を出すようになっていた。
 ないものはないと豪語する霖之助を、なんだか気に入ったらしい。


「かくれんぼなら外でやってくれないか」
「しっ、静かにしてて」
「一体何を……」


 理由を尋ねようと口を開いたその時、玄関のカウベルが新たな来訪者を告げた。

 ベルがいつもより早口だったのはやや乱暴に扉を開けられたからだろう。
 そしてそれは、来訪者の心情を表していた。


「すみません、霖之助さん。
 こっちに兎みたいな妖怪が来ましたよね?
 兎鍋の材料を探してますから売ってください」


 現れたのは山の風祝、早苗だった。
 なにやら怒っているらしく、表情が硬い。


「兎と聞いて思い浮かぶのはふたりほどいるが、どちらも妖怪ではなく妖獣だよ。
 君が探しているのは……たぶん白い方かな」
「広い意味では妖怪です。
 で、来たんですね。どこにいます?」


 人間だったり神だったり、巫女だったり風祝だったりする早苗には、細かいことはどうでもいいのだろう。
 そう言えば、地下の烏は巫女の区別が付かないと言っていた気がする。


「ああ、彼女なら……」


 言いかけて、霖之助は口を噤んだ。
 太股あたりに妙な感触。
 このまま言葉を発せば、足下の侵入者に攻撃されるだろう。そんな予感。


「……裏口から出て行ったよ。
 今頃博霊神社にでも逃げ込んでるんじゃないかな」
「そうですか……。
 ありがとうございます」
「ああ、早苗」
「はい?」


 一礼して踵を返す早苗に、霖之助は声をかけた。
 嘘を吐いたまま帰すのも忍びない……と思うのと同時に、単純な好奇心が湧いたからだ。


「つかぬ事を聞くが、どうして探してるんだい?」
「だって……あの兎、私がおやつに食べようと思ってたチーズレモンカスタードシフォンパイを勝手に食べたんですよ!
 せっかく楽しみにしてたのに……」
「チーズ……なんだって?」
「チーズレモンカスタードシフォンパイです。おいしいですよ?」


 おやつの代償に兎鍋らしい。
 げに食い物の恨みは恐ろしいということだろう。

 ……いくら何でも、本気で兎鍋にするわけではないだろうが。


「引き留めて悪かったね。
 ……見つけられることを祈っているよ」
「はい。祈るなら神奈子様にしてくださいね」


 早苗の背中を見送り、再び霖之助はため息を吐いた。
 彼女には悪いが、どうやら祈る意味はなさそうだ。

 答えは単純、早苗が探しているターゲットはここにいるのだから。


「もう大丈夫だよ」
「ん~、狭いとこに入ってから疲れちゃった」


 てゐはそう言うと、大きく伸びをした。
 無理矢理入った割に、ひどい言い草である。


「君を売り飛ばしたら、少しは儲けが出たんだろうか」
「香霖堂は生き物を扱わないはずでしょ。
 まあその前に、霖之助の下半身が残念なことになっただろうけど」


 人差し指を真っ直ぐに向け、てゐは銃を撃つような仕草をしてみせる。
 鈴仙の真似だろうか。

 確かに、あんな至近距離で暴れられたらたまったものではない。


「しかし山の神社まで悪戯しに行ったのか。
 呆れるほどのバイタリティだね。
 しかし神を相手にするとは、いささか命知らずじゃないのかい」
「大丈夫大丈夫。
 イタズラする相手は選んでるよ」


 先ほどまで兎生の岐路に立たされていたとは思えない飄々としたてゐの物言いに、霖之助は感心すら覚えていた。
 これが長く生きるということだろうか。
 外見では、とてもそう見えないのだが。


「……用が済んだら、早く退散するといい。
 君がここにいるのを早苗に見られたくないからね」
「なになに? 変に勘ぐられると困るとか?
 ひょっとしてひょっとするの?」


 途端に輝きだしたてゐの瞳に、霖之助は首を振った。

 兎は好奇心が強い動物だという。
 同時に、臆病だとも。

 そして目の前の兎は、どう考えても前者だった。
 むしろ好奇心の塊と言っても過言ではないかもしれない。


「せっかくの上客を手放したくないだけさ。
 君を匿っていたことがばれると、今後の商売に大きな支障が生じる可能性があるんでね」
「なんだ、そんなこと。つまんないの」
「ここは道具屋だよ。
 客を優先させるのは当然だと思うが」
「む、そういうこと言う」


 霖之助の言葉に、てゐは唇を尖らせる。
 優先順位が低いと言われれば、誰だってそういう顔をするかもしれない。


「そうだ、じゃあ私もお代を払うわ」
「君がかい?」


 予想外の言葉に、霖之助は思わず驚きの表情を浮かべた。


「あー、何その顔。
 なんかあり得ないものを見たような顔してる」
「いや……すまない。
 あり得ないものを見てしまったせいかな」


 まさかてゐからその言葉が出てくるとは思わなかった。
 そんな霖之助に、てゐはもちろんお金じゃないけどね、と首を振る。


「ちょうど今夜は新月だからさ、夜になったら竹林まで来てよ。
 すごくいいもの見せてあげるわ。お酒付きで」
「ほう?」


 見るだけというのは対価として不安だったが、酒が付いているなら話は別だ。
 そう言えば、永遠亭にも酒虫がいると魔理沙が言っていた気がする。
 もしかしたら月の酒かもしれない。


「……いいだろう。
 こちらとしても断る理由はないからね」
「じゃあ、忘れないで来てよ」
「ああ」


 てゐを見送り、考える。

 夜出かけるなら明かりを用意する必要がある。
 酒があるなら、つまみを作っていくのも悪くない。


「今日は早めの店じまいだな」


 そう呟くと、霖之助はいつもの席から腰を上げた。









 夜の竹林は暗く、星明かりも満足に届かない。
 昼でも迷ってしまうこの場所は、輪をかけて先が見えなくなっていた。

 そんな中、提灯の光に照らされ、白い兎が跳ねる。


「どこまで行くんだい?」
「あと少し~」


 てゐの後を追うように、竹林を歩く。
 彼女はまるで見えているかのように、危なげない足取りで霖之助の前を進んでいく。

 対して霖之助は転ばないように気をつけながら一歩を踏み出すものの、
歩幅の違いかそれほど速度に差はない。

 問題と言えば、竹林の入り口でてゐから渡された大きな風呂敷包みが枝に引っかかりバランスを崩しそうになることだろうか。
 それでも大きな荷物を運ぶことには慣れているので、転ぶようなことはない。

 やがてふたりは、少し開けた場所に出た。
 ここからなら空がよく見える。


「もうすぐかな。
 でっかい花火が見られるよ」
「冬の空にかい?」
「うん。だって……」


 言って、空を見る。
 月のない空はどこまでも広く、どこまでも遠い。


「たーまやー」


 てゐの言葉と共に、夜空に花が咲いた。
 ふたつの人影から放たれる幻想的な弾幕の光が、空を埋め尽くす。


「かーぐやー」
「……確かにその通りだが。
 花火というのは、あのふたりのことか」
「うん。今日はどんなに騒いでも、月から見えないからね」
「最近では月が出てても騒いでる気がするが」
「でもやっぱり、気分が違うみたいだよ」


 気分が違う……の言葉通りかはわからなかったが、確かに今日の弾幕はひときわ輝いていた。

 一切の遠慮も躊躇いも無いせいだろう。
 他の少女たちとのスペルカードとはひと味違う、千年以上にもわたる戦いの歴史。

 ……それを肴に宴会が行われていることなど、ふたりは知っているのだろうか。


「さぁ、じゃんじゃん呑もう」
「主人の応援は行かなくていいのかい?」
「ん~、私に主人なんていないよ」


 そう言えば、あくまでてゐは永遠亭の協力者のような立場……と阿求が書いていた気がする。
 どこまで本当かは、いまいち信憑性に欠けるのだが。


「ねーねー早くー」
「ああ」


 霖之助が持たされていた風呂敷をほどくと、中には酒瓶やお重が大量に入っていた。
 通りで重いはずである。


「このお酒はねー、お師匠さまの部屋にあったのよ。
 それでこっちが姫様の……」
「お、料理もあるんだね」
「うん。鈴仙を騙……いやいや、お願いして作ってもらった」
「じゃあ僕が持ってくる必要はなかったかな」
「いやいや大歓迎だよ。
 私も霖之助の料理食べたいし」
「そう言ってくれると作ってきた甲斐があったよ」


 喋りながら、ふたりは料理と酒に手を伸ばす。

 てゐは長年生きている妖怪らしく、いろんなことを知っていた。
 しかしながら嘘も多く、どこまで本当か見抜かなければならない。
 気の抜けないやりとりに、しかし霖之助はなんとも言えない楽しさを感じていた。

 だからだろうか。
 いつの間にか、花火そっちのけでてゐとの会話に没頭していた。


「あ、そろそろ終わりみたい」


 見ると、どうやら決着が付いたようだ。
 火の鳥が力強く羽ばたき、地上の月が光を失っていく。


「今日は姫さまの負けか~。
 明日あたり鈴仙がかわいそうだな~」


 そのふたつにどんな因果関係があるのか。
 ……気にはなったが、知らないほうがいいと言うことは間違いない。


「なるほど、確かにいい景色だったよ。
 冬に見る花火というのもなかなかオツなものだね。
 ……まあ、あまり最後のほうは見た記憶がないが……」
「何言ってるの?」


 帰り支度をし始めた霖之助に、てゐは首を傾げた。
 まだまだ夜はこれからだ、と言わんばかりに。


「私が言ってたいいものってのは、これからだよ」


 てゐの言葉を待っていたかのように。
 周囲の竹が、一斉に光り始めた。


「これは……」
「ね? すごいでしょ」


 光る竹というのは、竹取物語にも出てくる有名なものだ。

 さながらかぐや姫の入っていた竹というのがそこかしこにあるという光景だろうか。
 まさかこの中すべてになよ竹の姫君が入っているわけでもないだろうが。


「とっておきの場所なんだから、感謝してよね」


 胸を張るてゐに、霖之助は感嘆のため息を漏らしていた。
 確かに彼女の言うとおり、すごくいいものだ。しかもお酒付き。


「ああ、これなら対価として十二分に過ぎるな」
「当然よ」


 てゐは光る竹に近づき、手を伸ばした。


「ついでにお師匠さまから取ってこいって言われてるの。
 一石二鳥だったしちょうどいいや」
「しかし、光る竹とはどうなってるんだい?」
「わかんない。
 お師匠さまは月光を吸収してるんじゃないかとかいろいろ言ってたけど」


 大して興味がなさそうに、てゐは採取した竹を風呂敷に詰めた。
 そしてどこからともなく現れた兎に渡し、持って帰るように指示をする。


「この竹林で、君でも知らないことがあるんだね」
「ん~、いくつかはね。
 それに場所さえわかれば十分でしょ」


 確かに、幻想のメカニズムまで考える知るはない。
 考えてもわからないものなど、この幻想郷にはいくらでもあるのだから。

 長く生きる兎には、それがよくわかっているのかもしれない。


「そう言えば、君はずっとこの竹林に居ると言ったね。
 どうしてここなんだい?」


 ふと浮かんだ疑問。
 何となく口を突いて出た質問に、しかしてゐは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべていた。


「……ずっと、待ってるから」









 常連とはなじみの客のことである。
 この場合の客は来訪者のことを指すこともあれば、商売上の客を指すこともある。

 香霖堂は道具屋であり、普通常連と言えば後者だ。
 ……普通ならば。


「どうしてうちの常連は買い物をしないんだろうね。
 ……これで何度目だい」
「ん~? 忘れちゃった」


 霖之助は肩を竦めながら、店に飛び込んできたてゐに声をかけた。
 ことあるたびに彼女は香霖堂に逃げ込んでくる。
 その度に霖之助はあの手この手で匿うのだが、毎回足下に隠れるのはどうにかならないものか。

 もしかしたら香霖堂を拠点にすべての少女にイタズラしてくるつもりなのかもしれない。

 ここは避難所ではないのだがね、と言うと、決まって彼女はこう言うのだ。


「対価なら払ったでしょ」
「あれはあの時の対価のはずだが」
「十二分だって言ったじゃない。
 払いすぎた分はつまり前払いってことだよね」


 聡明で口の上手いてゐのことだ。
 そうでなくても居座るつもりだったに違いない。


「それとも何?
 古道具屋ともあろう者が自分の目利きが間違いだったとでも言うの?」


 てゐはニヤニヤと笑みを浮かべて、霖之助を見上げる。

 迂闊だった。
 サービスが良すぎたことを不思議に思うべきだったのだ。

 あとは……まあ、不用意な言動は慎むべきだったかもしれない。


「それに幸運の兎からやって来てるんだから。
 むしろお金貰ってもいいくらいだよ。
 あ、お賽銭箱持ってくれば良かった」
「幸運といってもね……実感できた試しがないな」
「霖之助の場合半分だけだから、効果が薄いのかもねー」
「効果が薄いなら君は僕にとっての幸運の兎ではないことになるね」
「ちぇー。なら常連でいいよ」


 だから常連とは買い物をする客のことであって欲しいのだが。
 今更言っても無意味なのかもしれない。


「それで、今日は何をしたんだい?
 逃げ込んできた割に、誰も追って来ないみたいたが」
「いやいや、大したことじゃないよ。
 地上に不慣れな相手みたいだから大丈夫かなと思ったんだけど……おっとっと」


 てゐは何かに気が付いたかのように、カウンターの奥へと潜り込む。
 それと同時、玄関のカウベルが来客を告げた。


「ごめんください」
「いらっしゃい」


 やって来たのは、美しい緋色の布を纏った女性。
 その天女のごとき風貌に、霖之助は見覚えがあった。


「おや、君は確か……」
「衣玖です。前に神社の宴会でお会いしましたね」
「ああ、神社が壊れた時か。
 あのあと霊夢に日用品を持って行かれて大変だったよ。
 ……我儘な天人は元気かい?」
「ええ、そのことでちょっと」


 衣玖は困ったように肩を竦めた。
 そう言えば、今日の彼女はひとりのようだ。


「見た感じいないので、そう報告することにします。
 お邪魔しました」
「ふむ、もしかしたら何か力になれるかもしれない。
 よかったら話を聞かせてくれないかい?」
「話、ですか。構いませんけど」


 どうやら客ではないようだが、霖之助は衣玖に席を勧めると、話を聞くことにした。
 足下でなにやら慌てたような気配が伝わってくる。

 抗議するように足を叩かれるが、これも商売だ。
 邪魔される筋合いはない。


「実は人を探しておりまして。
 いえ、正確には人ではないんですけど」
「ふむ。まあ予想は付くね。
 最近そういうお客様で香霖堂は大忙しさ」
「あら、そうでしたか。
 でしたらここに来た意味はなかったかしら」
「どうしてそう思うんだい?」
「簡単ですよ。
 ここで捕り物が行われてたら、店の商品が無事なわけないですから」
「……それは賢明な判断だね」


 霖之助は魔法瓶からお湯を注ぎ、予備に置いてあったカップにお茶を入れた。
 衣玖はそれを受け取ると、礼とともに一口。


「実は総領娘様の付き添いで地上に降りてきたんですが、
 地上の兎にお酒を盗られてしまいまして」
「なるほど、それは災難だ。
 で、犯人はどんな姿をしていたんだい?」


 聞かなくても犯人はわかっている。
 何故なら、その酒瓶はさっきてゐが抱えていたからだ。

 ついでに言うと今もカウンターのすぐ裏に置いてあるわけで。
 覗き込まれたら一発でアウトなのは間違いない。

 それがわかっているのか、霖之助の足への無言の抗議はずっと続いていた。


「そうですね、女の子の姿でしたよ。
 白い、兎のような耳があって……あとワンピース姿でした。
 総領娘様と二手に分かれて、探すことになったんですけど……」
「ああ、それは間違いなくうちの常連だね」
「そうですか。だと思いました」


 そう言って、衣玖は柔らかな笑みを浮かべた。

 やはり美しい女性が居ると店内が華やいで見えるものだ。
 ……胡散臭くもないし。


「もし捕まえたら、どうするつもりだい?」
「そうですね。
 やはり兎鍋でしょうか」


 足下の抗議が一層激しくなった。
 もし霖之助が表情に出したらどうするつもりなのだろう。

 しかし衣玖は、肩を竦めて首を振る。


「……面倒なのでそんなことはしませんけど。
 総領娘様の機嫌が直るまでは、のんびりと時間を潰しますよ。
 探してるふりでもして」


 そこでは彼女は言葉を切り、お茶を啜る。
 やがて補足するかのように、ぽつりと呟いた。


「ひょっとしたら、机の下あたりにでも探してる相手が居たりするのかもしれませんけど」
「ああ、ひょっとしたら、ね」
「まあ、そんなわけはありませんよね」


 いつの間にか机の下が静かになっていた。
 諦めたのか、観念したのか。


「せっかくなので少々買い物していきますよ。
 あ、ツケは効きます? お代はその兎が持っているお酒でよろしいでしょうか。
 常連なら、近いうちに来るでしょうし」
「君がいいというのならね。
 代わりになるものでも探していくといい」
「そうさせていただきます」


 視線を合わせ、微笑む。

 衣玖はしばらく店内を物色して回り、いくつかの商品を買っていった。
 お代はお酒で、だ。
 前払いなのか、後払いなのか。


「ひどいじゃない霖之助。
 いつもみたいにさっさと煙に巻いて追い払ってよ」


 衣玖を送り出し、店に再び静寂が戻ると、ようやく重圧から解放された白兎が這い出してきた。
 たいそうご立腹の様子だ。


「そんな風に思われていたとはね。
 とにかく君のおかげで、新たな上客獲得のチャンスが来たというわけだ。
 確かに君は、幸運の兎かもしれないな」
「む~」


 てゐは悔しそうに地団駄を踏んだ。
 自分の能力と言われたら否定しにくいのかもしれない。


「霖之助のバカ!」


 隠れている間中、生きている心地がしなかったのだろう。
 てゐは霖之助に指を突きつけ、断言する。


「次は絶対買い物しないお客を連れてきてやるからね!」
「次も来るつもりかい……やれやれ」
「もちろん!
 ……だってなんかここ、懐かしい感じがするし……」


 なにやら小声で呟くてゐ。
 そして胸を張り、笑顔を浮かべた。


「それに、まだまだ前払い分は残ってるんだからね!」









 いつかはこうなるんじゃないかという予感はあった。

 因果応報。
 報いは、受けるものだ。


「霖之助さん」


 虚空から聞き覚えのある声が響く。
 振り返るまでもなく、それが誰かはわかっていた。


「もう起きていたのかい、紫」
「ええ、ついさっき」


 紫の時間感覚でのさっきというのはどれくらいのことなのだろう。
 少なくとも、起きてすぐという風には見えず、いつも通りの紫だった。


「それより、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」


 紫は珍しく口ごもると……ややあって、スキマから何かを取り出した。
 それが何かを確認すると、霖之助の表情が曇る。


「私じゃないわよ」
「……わかってる」


 紫のスキマから落とされたのは、ボロボロになった状態の妖怪兎だった。
 身体中が傷だらけで、髪や服もあちこち焦げている。
 息はしているようだが、意識がないことは一目でわかった。


「……てゐは大丈夫なのか?」
「今は気を失ってるだけみたいだけど」
「どうしてこんな……」
「自業自得なのは、霖之助さんもわかってるでしょう?」
「……ああ、そうだ」


 いつかはこうなると思っていた。

 尻尾を踏めば、虎は怒って向かってくるものだ。
 彼女がやってきたのは、ずっとそういうことなのだから。


「医者に診せなければ……」
「それはあまりしたくないわね」
「どうして?」


 言って、霖之助は頭を振った。

 医者と言えば永琳だ。
 紫の能力ならてゐを直接永遠亭に運ぶことなど造作もないだろう。

 それでもわざわざここに来たということは、何かしら理由があるはずだ。
 だからと言って、人間の医者に診せても意味がない。


「無用な争いは起こしたくないからよ。
 自業自得とは言え協力者がやられたら、代表者は黙ってられないの。
 この子が自分で帰って、笑い話にでもしない限りね」


 紫はそう言うと、ため息を吐いた。
 そして霖之助を安心させるように、口調を弛める。


「妖怪だから、放っておいても死にはしないわ。
 だから霖之助さん、せめて気が付くまで預かってくれないかしら」
「ああ」


 迷うことなく、霖之助は頷く。


「幸い、こういう傷に効く薬は僕にも心当たりがあるからね」









 懐かしいにおいがした。
 懐かしい鼓動を感じた。
 懐かしい温かさだった。

 遙か昔、ずっと昔。
 同じようなことがあった。
 同じような痛みがあった。


 そんな時、助けてくれたひとがいた。


 ずっと待っていた。
 もう一度、お礼を言いたかった。


「大……国主……様……」









「悪戯する相手は選ぶんじゃなかったのかい」
「……なんだ、霖之助か」
「なんだとはご挨拶だね」


 気が付いたてゐに、霖之助は肩を竦めた。
 彼女はしばらくぼんやりしていたが、だいぶん回復してきたらしい。
 後遺症が残っているわけでもなさそうだった。


「このにおいは……」
「蒲の穂で作った傷薬だよ。
 神話に登場した道具を参考にして作ってみたんだが……。
 効果はあったみたいだね」
「あ……服……」
「すまないが、ボロボロだったんでね。
 替えさせてもらった。
 僕の服で窮屈だろうが、我慢してくれ」
「うん……」


 珍しく殊勝な態度のてゐに、違和感を覚えた。
 とりあえず無事な様子に安堵のため息を漏らし、お茶を入れるために立ち上がる。


「……選んでるよ」


 台所へと向かおうとした霖之助の背中に、てゐの声がぶつかった。
 足を止め、振り返る。

 最初の問いの答えだろうか。


「選んでるから……こうなったのよ」


 てゐは霖之助の視線から逃れるように、布団に潜り込んだ。
 声が少し、震えていた気がする。


「でもやっぱり、来てくれなかった。
 竹林で一番目立つ場所にいても。
 あの時と同じことになっても」
「もしかして、待っているという相手は……」


 因幡の白兎。
 霖之助の頭に、そんな言葉が浮かぶ。


「お師匠さまに頼んでも、山の神に頼んでも、会わせてくれなかった」
「まさか、君が永琳に協力しているのは……」


 神がどこにいるのか。
 それを識るのは、やはり神だけなのだろう。

 てゐは布団から顔を出すと、ため息を吐いた。
 兎の耳が力なく揺れる。


「……でも、もういい」
「諦めるのかい?」


 霖之助の言葉に、しかし彼女は首を振る。


「ううん、そうじゃない。
 ずっと恩返しをしたかった……んだけど」


 てゐの声は、何か吹っ切れたような響きを孕んでいた。


「代理人で我慢することにする。
 もちろん、本人に会ったらきちんとお礼を言うよ」
「そうか……がんばるといい」


 確かに神を祀る際、その眷属や代理人を立てることはたまにある話だ。
 新しく出来た寺にも、毘沙門天の代理がいるという話を聞いたことがあった。


「うん……がんばる。
 それに……」


 とん、と霖之助の背中に当たるものがあった。
 見ると、いつの間に移動してきたのか、腰のあたりにてゐが抱きついている。


「私は何より、貴方に恩返しがしたいんだから」









 大国主はかつて八岐大蛇を討伐したスサノオの息子、または子孫と伝えられている。
 つまり草薙の剣を手に入れた神の直系であり、また妻はスサノオの娘のスセリビメであったとされ……。


「だからそこの掃除は僕がやると言ってるだろう。
 古道具屋の掃除というのは完全に埃を取るんではなく、少し寂れた感じで……。
 というか、剣を持って行くんじゃないよ」
「えー、だって霖之助に任せていたらずっと終わらないじゃない。
 それにこの剣も、私が手入れしたほうがうまく行くよ、きっと。
 だいたい掃除をするってのに本読んでばかりじゃない」
「これは頭の中に本を片付けてだね……」
「じゃあ読んだ本は捨てていいの?」
「いやそれは困る」


 全快したてゐは、すっかり香霖堂に入り浸っていた。
 永遠亭のほうは大丈夫かと尋ねたこともあったが、鈴仙が頑張っているから大丈夫だとの返答。
 ……つまりはいつもと変わらないらしい。

 そして彼女は草薙の……霧雨の剣がいたく気に入っている様子だった。
 何か思うところがあるのだろう。


「それに私の恩返しは、霖之助が草薙の剣に認められてから始まるんだからね」
「だったらやはり僕が手入れをするべきだろうに」


 毎回言ってるのだが、聞きやしない。
 そして彼女は、痛いところを聞いてくるのだ。


「で、いつ認められるの?」
「そのうちだよ」
「いつもそう言う……」


 不満そうな言葉を発するてゐの顔には、しかし楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「……そもそも、認められなかったら君の恩返しはどうするつもりだい?」
「私がいるから大丈夫だと思うんだけど。
 でも霖之助は半分だし……」


 人間を幸せにする程度の能力。
 霖之助にとっての幸せとはなんなのだろうか。

 たまにそう考えることがある。

 ……少なくとも。
 今、不幸ではない。


「その時はその時だよね。
 その分も……ううん、きっとそれ以上」


 てゐはそう言うと、霖之助の背中に抱きついてきた。


「私が幸せにしてあげる!」


はるのあしおと








振り向けば、幸せはいつも、そこにある。
例えばそんな、はるのあしおと。


しゃもじさんに挿絵を描いていただきました。
読了感謝!

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プロフィール

道草

Author:道草
霖之助がメインのSSサイト。
フラグを立てる話がメインなのでお気を付けください。
同好の士は大ウェルカムだよね。
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